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高松高等裁判所 昭和54年(ネ)171号 判決

控訴人(附帯被控訴人)(以下、控訴人という。)

東京海上火災保険株式会社

右代表者

石川實

右訴訟代理人

田中登

被控訴人(附帯控訴人)(以下、被控訴人という。)

宗石邦子

被控訴人(附帯控訴人)(以下、被控訴人という。)

宗石章彦

被控訴人(附帯控訴人)(以下、被控訴人という。)

藤田紀美惠

右三名訴訟代理人

戸梶大造

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

(一)  控訴人は被控訴人宗石邦子に対し金一二〇万円、被控訴人宗石章彦、同藤田紀美惠に対し各金一七三万四八〇一円ずつ及びこれら各金員に対する昭和五〇年一〇月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人らのその余の各請求を棄却する。

二  被控訴人らの各附控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて、これを二分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

四  この判決の主文一(一)は被控訴人らにおいて仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因(一)中、亡高明が昭和五〇年六月二日午前一〇時ころ、高知県香美郡野市町東野一二〇四番地、南四国整備の自動車整備工場内に停止中の本件ミキサー車のドラム内ではつり作業に従事していた際、山中が右のドラムを回転させるにあたり、レバーがニュートラルの位置にあることを確認しないまま同車のエンジンを始動させる等した運転操作上の過誤により、亡高明が傷害を負つて死亡したことは当事者間に争いがなく、当時、山中が南四国整備の従業員で、右整備工場の工場長であつたこと、亡高明の受傷態様がドラムのハッチから上半身を出していたところへ、山中の操作のため右へ回転したドラムのハッチ口の一部と同車の車体(シャーシー)の一部に身体を挾撃されたものであること及び同人の死亡日時の点については控訴人が明らかに争わないところである。右の事実によれば、本件事故当時、右の本件加害車両(事故車)を現実に運転していた者は山中であつて、亡高明でないことが明らかである。

次に、請求原因(二)中、本件自動車が四国開発の所有であること、同会社が右車両につき控訴人との間に自動車損害賠償責任保険契約(死亡保険金、被害者一人あたり一〇〇〇万円を限度とするもの)を締結していたこと、被控訴人らが亡高明の相続人であること及び請求原因(三)1の事実中、亡高明が本件事故当時、四国開発に雇われていたことは、当事者間に争いがない。

二本件事故の際、本件ミキサー車を実際に運転していた者は山中であつて、亡高明でないことは前記のとおりであるが、自賠法第三条本文にいう「他人」のうちには、当該事故車(加害車両)の運転者を含まないと解される(最高裁判所第二小法廷昭和三七年一二月一四日判決)ところ、自賠法の立法趣旨等にかんがみれば、その運転者の範囲を、事故当時において現実に運転を行つていた者だけに限定するのは相当でなく、運転者として当該自動車に乗り組んだ者のうち、事故当時には運転していなくても、その運転を行つていなければならなかつた過失ある者も含むと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷昭和四四年三月二八日判決参照)ので、本件事故当時、亡高明が右の意味での運転者に該るか否かを検討する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  亡高明(大正一二年生)は昭和二五年以降約二〇年間、ダム建設工事現場で稼動していた間に、大型自動車、大型特殊自動車(本件事故車―四トン車―は普通自動車に該当する。)の各運転免許を取得し、爾来、土木建設業者に雇われて、作業現場で重機(ブルドーザー、ショベルドーザー、ユンボ等)を運転したり、ダンプカーを運転する等した後、昭和四八年三月以降、四国開発に自動車運転手として雇われ、同四九年一一月中旬から翌五〇年三月下旬ころまでの間は、盲腸炎を悪化させ長期の入院治療を余儀なくされて欠勤した以外には、一か月に二ないし三日程度休みをとるだけで、その余は日曜日等にも出勤し、主として小型重機(三トン以下のショベルドーザーやユンボ)の運転を行つていたほか、時折、コンクリートミキサー車(四国開発は本件事故車を含めて、四トンのミキサー車二台を保有していた。)やトラックを運転し(亡高明は事故のあつた同五〇年四月一日から五月二〇日までの五〇日間、一日休暇をとつただけで他の四九日間出勤し、その間にミキサー車を一回数時間運転し、二トントラックを一回短時間運転した。)、自動車運転の用務がない場合には、作業現場で人夫仕事の手伝等の雑務にも従事していた。

2  四国開発は土木建設業を営む会社で、コンクリートミキサー車二台、賃借した車を含めて現場作業用重機車両約四〇台、ダンプカー五台等の自動車を保有し、従業員(運転手を含む。)は五〇余名であつた。従前は山中など自動車整備資格受有者を雇つて、同会社でその自動車の整備修繕をしていたが、昭和四八年三月、その自動車整備修理部門を独立させて南四国整備を設立した(両会社の株主、役員は同じである。)。四国開発の事務所敷地と道路一つを隔てた隣地に、南四国整備の前記自動車整備工場と事務所が所在し、南四国整備の従業員は山中のほか自動車整備士二名と事務員一名の四名である。

コンクリートミキサー車のドラム内部のはつり作業は自動車整備ではあるが、土木作業用の鏨(たがね)とハンマーを使うだけでもできる仕事なので、四国開発ではその保有するミキサー車のはつり作業だけをする場合には、必らずしも南四国整備に発注せず、自己の従業員に指示して行わせることが稀ではなく、その場合、はつり作業のため車を駐車させる場所として、南四国整備の工場内の一隅を使用することもあつたが、その場所料ないし保管料等の授受はなかつた。

3  本件事故発生の前前日、四国開発の工務(配車)主任下原某は、同会社のブルドーザー運転手仙頭夘市に対し、大和ハウス工業株式会社発注の「前ノ川」河川改修工事現場で使用していた本件ミキサー車を南四国整備の前記整備工場内へ入れたうえ、亡高明と共同して、同車のドラムの内外のはつり作業を行うよう指示し、それにしたがつて、本件事故の前日、右工場敷地東寄りの一隅に駐車させた同車のドラムの内部のはつり作業を仙頭が行い、外側のはつり作業を亡高明が行つたが、当日中にドラム内部のはつり作業が終らなかつた。

四国開発の常務取締役氏原克彦ら現場業務責任者は平素、亡高明ら自動車の運転従事者に対し、会社から指示された車両の運転は必らず当人が行ない、他人に運転させることは相手の運転資格の有無を問わず許さない旨を申し渡していた。さらに事故の前日、下原工務主任がはつり作業の現場へきた際、ドラム内部ではつり作業中の仙頭において運転席のエンジン始動穴にキーを装着していたのを見咎め、そのキーを仙頭が自己の手元に所持して作業を行ない、またドラムの回転操作等のための運転も他人に委託することなく、自己の手で行うことを指示命令したが、たまたま亡高明は四国開発のユンボの洗車に赴いて現場を離れていて、下原の右指令を受けなかつた。

しかし四国開発の首脳陣が運転手に対するキーの自己保持など事故防止上の対策を一致一貫して励行していたわけではないのみでなく、本件事故の前日、下原主任が仙頭へ注意して現場から去つた後、同所へ氏原克彦専務取締役がはつり作業の進捗等をみにきた際、仙頭は下原主任から与えられた前記注意指導に従わず、本件ミキサー車のドラム内に身をおいてはつり作業を続けながら、氏原専務にドラムの回転を頼んでキーを渡し、同専務がエンジンをかけドラムの回転操作を行つたことがあつたが、その際、亡高明が居合わせたのか未だユンボの洗車場から戻つていなかつたのかは明らかでない(なお、本件事故の前日は日曜日であり、南四国整備は閉店休業していて、その従業員はいなかつた。)。

4  本件事故当日、亡高明は午前八時前ころ四国開発の事務所へ出勤したところ、氏原克彦常務から、前日仕残しの本件ミキサー車のはつり作業を行うよう命ぜられた。その日、前記仙頭夘市は代休をとつて欠勤した。前日、仙頭及び亡高明が退社するにあたり、本件車両のキーの保管をどうしたか明らかでない。

5  本件ミキサー車のドラム内部ではつり作業を行う場合、削り取つたコンクリート片をドラム外へ除去する等のため、ドラム側面中央辺の一角に開扉したハッチ穴(円形で直径約四〇センチメートル)がドラムの下辺にくるようドラムを適宜回転させる必要があるところ、そのドラム回転操作上、自動車運転者が行うべき運転手順等をみると、まずはつり作業着手に先立つ同車両の始業点検時に、運転室内と車体右側面後部の二個所にあるレバーがニュートラルの状態(エンジンを作動させても、それがドラムの回転軸に連動しない状態。右両レバーとも人手で上下に移動させ、その各中央の位置にレバーをおくと、ニュートラルの状態になる。)になつているのを確認したうえで、はつり作業を始めるべきものであり、次にドラム回転のためエンジンをかけるにあたつても、レバーがニュートラルの状態にあるのを確認したうえ、キーを回わしてエンジンを作動させ、その後に、車体後部にあるレバーを操縦して、ドラムを左右いずれか側に、低速回転(ドラムが一回転する時間が約三二秒)させ、ドラムが必要な角度まで回転するのを見届けて、そのレバーをニュートラルに戻してドラムの回転を停止させ、そのうえで運転席のキーを回わし戻して、エンジンを停止させることが、事故防止のために順守すべき運転の手順である。

6  亡高明は本件事故当日の午前八時三〇分ころ、四国開発の氏原常務からの前記指令にしたがい、単独で本件ミキサー車のドラム内部でのはつり作業を始めるにあたり、レバーがニュートラル以外の状態になつているのを看過し、傍らを通りかかつた南四国整備の自動車整備工の一人である訴外富山修作(三級自動車ジーゼル整備士)に対しハッチからドラム内へ身を入れようとする姿勢のままで「一寸、回わしてくれんか。」と声をかけた。富山はこれに応じて、運転席に入り、レバーの位置を確めずにエンジンをかけ、ドラムが右側へ低速で回転移動するのを運転席から見計らつてエンジンを止めたので、ドラムハッチが右斜上方に移動したところでドラムの回転が停止し、亡高明に格別の危険を感知させなかつた。富山はエンジンを止めた後、レバーをそのままの状態にして、ニュートラルに戻すことなく立ち去つた。その後、亡高明が後記のとおり山中へ同車のドラム回転のための運転を委託するまでの間に、亡高明が自分で運転しドラムの回転操作を行つたか否か判然としないが、たとえその運転を行つたとしても、山中へ委託する際には、レバーをニュートラルの状態に戻してなく、エンジン作動と同時にドラムが右回転する位置においたままであつた。

同日午前一〇時一〇分前ころ、同日朝から前記富山修作がスクレーバーの修理作業している辺で(本件事故車との距離約二〇メートル)、同様な作業に従事していた山中(自動車二級整備士免許を受有)が、南四国整備事務所に電話のため立ち戻つて再び右作業場へ行くべく、本件ミキサー車の脇を通りかかつた際、折柄、右斜上方に位置した同車ドラムハッチから上半身を外へ出し、仰向けになつた姿勢で、ドラム内部のはつり作業をしている亡高明から「卓やん、一寸、位置をかえてくれ。」といわれ、そのハッチをドラムの真上にくるよう回転させる依頼であると了解し、亡高明へ「ひつこんじよらんとこわいぜよ。」と声をかけて警告しただけで、右警告により亡高明が即刻その全身をドラム内へ入れたものと思つて、その退避確認をせず、またレバーがニュートラルになつているものと軽信して、それが右回転させる状態になつているのを看過し、キーを回わしてエンジンを始動させ、後部のレバー操作をすべく運転席から下りかけたとき、案に相違して、ドラムが右に低速で回転しているのを見たのと同時ころ、前同様の姿勢の亡高明が「逆に回りゆつ。」と叫ぶのを聞き、慌てて運転席内のレバーを眼で捜したが発見できず、一旦、車体後部にあるレバーの方へ行きかけたが、その途中で、エンジンを停止する方が急務と思い、再び運転席に引き返して、キーを回わし戻してエンジンを停止させたことにより同時にドラムの回転が停止したが、既に遅く、亡高明は前記態様で、その胸部をドラムハッチの一部と同車両の車体右側面の一部との間に挾撃されて受傷し、間もなぐ死亡した。

7  亡高明は、四国開発から右はつり作業の完了を特に急ぐよう指示された形跡はないし、その身長が1.7メートル余りで体重が約六五キログラムの体格であつたから、自分でドラムを回転操作するため、その身体をドラムのハッチ穴から出入させることにも特段の困難が伴うわけでもないので、同人が前記富山や、山中へそのドラム回転操作を依頼したのは、自己が一挙手一投足の労を尽すことを惜んだものとみるほかない。また、南四国整備の山中や富山が亡高明の右依頼に応じて、ドラム回転操作という本件事故車の運転を行つたのは、亡高明と山中ら各個人間の委託によるものであつて、当時、四国開発から南四国整備に対し本件ミキサー車のはつり整備を注文していたものではない。

8  亡高明が本件以外にはつり作業の経験をもつかどうか判然しないし、また同人が従前はつり作業におけるキーの保管についての注意事項やドラムを回転させる際には事前に作業者がドラム外へ退避すべきこと等、事故防止上の具体的指示を受けていたことを窺知できる証拠はない。南四国整備の山中や富山は従前、はつり作業でのドラム回転には、ドラム内に身をおいたままで、近くに居合わす他の同僚にそのドラム回転操作・エンジン運転を行わせることが少なからずあつたが、その場合ドラム内の作業者はドラムの回転が始まる前に全身をドラム内におき、その回転停止を確認したうえで、身体を外へ出していたので、本件のような事故はなかつた。

以上のとおり認められる。〈証拠判断略〉

(二)  右の認定事実によると、亡高明は本件事故当時、雇主兼本件事故車の所有者である四国開発から、同車のドラム内部のはつり作業を命ぜられ、その作業を行つていたものであるが、右作業命令には、その作業の遂行過程で、削り取つたコンクリート片をドラム外へ除出等のため当然行わなければならないドラム回転操作という同自動車を運転する業務が含まれていたものであるところ、亡高明は従前より右雇主から自動車運転上の順守事項として他人に運転を委託しないよう指示されていたのに、右の指示に従わず、自分がドラムから下りて、同車の運転・ドラムの回転操作をする労を惜しみ、その場に来合わせた富山や山中にその運転操作を委託したのは、亡高明において職務を十分に果さなかつた懈怠があるものといえる。しかし、はつり作業者がその作業に従事中、他人にドラム回転のための運転をさせることは亡高明の職場周辺でまま行われていたものであることは前記3、8で認定したとおりであるし、亡高明において右のような作業方法が事故防止のため雇主や監督官者から察せられているものであることを知つていたかどうか必ずしも明らかでないことにかんがみると、本件の際、山中に運転を委託したことをもつて、直ちに亡高明の過失であるとはいえない。のみならず山中や前記富山は、はつり作業をその職業の一端としているものであつて、その作業上の安全確保に関する注意事項を雇主や監督官者から再三、指示指導されていた筈であることにかんがみると、亡高明が山中らに運転を委託したのは、同人らの右職業を考え、事故防止上の処置を手ぬかりなくとつてくれるものと信用したからであると想定することに格別の支障・不合理はなく、その想定のもとでは、亡高明が右のように信じたことにつき過失があつたとは認め難いので、本件の際、山中にレバーの位置を確認のうえエンジンをかけるよう具体的に注意しなかつたことが、亡高明の運転者としての過失であるとも断じ難く、結局、亡高明は本件事故当時に本件事故車の運転を行うことを他人に委託することが禁止されていたのを守らなかつたことに過失がある者と認めることはできない。

そうすると、亡高明は自賠法第三条本文にいう「他人」に該るので、控訴人は前記自動車損害賠償責任保険契約にもとづき、四国開発に代り本件事故により生じた亡高明及び被控訴人らの損害のうち、山中の過失に相当する分を賠償すべき義務がある。〈以下、省略〉

(菊地博 滝口功 川波利明)

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